2012年4月29日日曜日

藤谷治の「船に乗れ!」はスゴイ


今回は本の話。

普段はほとんど本を読まないけど、旅行に出るときには文庫本を何冊か持って行きます。何を持って行くかっていうのが割と難しいんだけど、最近は「音楽を題材にした本」を持って行くことが多いです。外国語のような音楽用語や作曲家や演奏家の固有名詞、演奏の様子を文字で読む感覚など、すこし浮き世離れしたカンジが旅先で読むにはちょうどよくて、なにより音楽を題材にした読み物って、基本的にハッピーなんですよ。旅先でくらーい話は読みたくないですからねー

ニューヨークの街をチェロを担いで会社帰りにレッスンに向かう女性の話、世界中で活躍しつつ日本での草の根の取り組みも精力的に行っている男性の話、50年前にスクーターとギターを持って貨物船でヨーロッパに向かった青年の話。どれも旅先の景色とあわせてよく覚えています。

そんなわけで、いつも次の旅行に持って行くための「音楽関係」の本を探していまして、藤谷治の「船に乗れ!」も「見つけたら買っとくリスト」に入っていました。

八ヶ岳から帰った翌週に、たまたま本屋でポプラ文庫の棚を発見して1巻を即購入(去年の夏に探したときは棚すら見つからなかった)。

音楽科に通う高校生が主人公の青春小説、という簡単な紹介文くらいの情報しかなく、しかも青春小説ってところが「はずすとデカイ」気がして、「演奏シーンはちゃんとあるのかな?」くらいの気持ちで少し読み始めました。

もう、とんでもなかったです。

気がついたら1巻を読み終わりそうで、2巻3巻を買ってないことを思い出して後悔です。本屋が開いている時間になかなか帰れないので、Amazonで買ってから届く日数と22:30で閉まる本屋に駆け込める可能性とを割と真剣に検討しました。しかも本屋に賭けて駆け込んでみたら2巻だけ売れていたという!

読み終わった瞬間に読んだこと自体を忘れてしまうような小説もありますが、「船に乗れ!」はそれとは真逆の小説です。胸にドカリと突き刺さり、読み終わって何日も経っているのに作中のシーンを不意に思い出しては「あぁ、もう!」とか口走りたくなるほど心を乱される、そういう小説です。

高校生を描いた小説に、なぜここまで持っていかれるのか。こっちはツールド八ヶ岳のDクラスに出場する男子だというのに!

著者の藤谷さんと小説の主人公が育った環境は「場所以外はほとんどおなじ」だそうで、音楽科の高校生活の様子にリアリティがあり、すばらしい演奏シーンが(うれしいことに)いくつもあります。カザルスのCDも買っちゃった。

高校生をリアルに描いてあるということは、この時代特有の鼻持ちならない感じや純粋さ、残酷さ、10かゼロか的な一途なところや、しぶとさみたいなものがまだ備わっていない繊細で傷つきやすいところ、卑怯なところ、それらを抱えたキャラクターが活き活きと動いているってことで。

作品は高校時代から20年後の「僕」が当時を思い出しながら書いている、という体裁になっていて、そこには「自分を見ているもう一人の自分」という視点があります。その著者の視点を通すことで、読んでいる方は主人公の天にも昇るような気持ちや、一転して世界の終わりのような気持ちを体験することになり、それはむしろ「現在高校生です」とか「この前まで高校生でした」という人より、「20年前は高校生でした」という著者の視点と近い人の方に、より鮮明に痛さを増して届くのではないかと思います。

「青春小説にここまで持っていかれるのって、ちょっとおかしいんじゃないか」と心配になって検索してみると、他にも同じ状態になっている人が何人もいて安心しました。男子Dクラスでよかった!

「音楽関係の本は基本的にハッピー」と言いましたが、この小説がハッピーかどうかはわかりません。ハッピーなところは天井を突き抜けるほどハッピーで、悲惨なわけでも悲劇でもありませんが、「基本的にハッピー」とはいえないです。でも間違いなくこの小説は面白いです。

とはいえ、この本を旅行に持っていかなくてよかった。旅行どころじゃなくなるところだった。やっぱり小説はコワイ。夏の旅行に向けて、何か平和なヤツ探しておかないと。

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